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札幌地方裁判所 昭和47年(ワ)3111号 判決

原告

右代表者

田中伊三次

右指定代理人

上嶋康夫

外三名

被告

竹田清吉

主文

一、被告は原告に対し金二九七、九六九円およびこれに対する昭和四四年一一月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一、請求原因第一、二項記載の事実は当事者間に争いがない。

第二、次に被告主張の訴外松浦の過失の有無について判断する。

一、〈証拠〉を総合すると、次のような事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は土坡により有効幅員が約5.9メートルに限られている歩車道の区別のない非舗装の平たんな直線道路であつて、車両の交通量は多いが歩行者は少なく。速度等は規制されていない。

当時事故現場では道路北側の土坡にブルドーザーで盛土をする道路工事の作業が行なわれていた。

2  被告は第二種原動機付自転車(以下加害車という。)を運転して時速約二〇キロメートルで道路左側から約一メートルの距離を置いて上富良野町から中富良野町方面に向つて進行中、前方約五〇メートルの工事現場の道路中央辺において、白旗を掲げて先行するバスをブルドーザーの後で通過させて交通の整理をしている訴外松浦(以下被害者という。)を認めたが。同人の動静に格別の注意を払うことなく。そのまま進行したところ、道路南側から約1.5ないし二メートルの地点で、道路中央辺から移動して来た被害者に加害車を衝突させた。

3  被害者はブルドーザーの動きにつれて前後に移動し、赤白二本の手旗を持つて交通の整理にあたつていたが、前記の加害車に先行するバスを通過させてから、約五〇メートル東方に進行して来る加害車を認め、赤旗を出したけれども、その後は加害車が停止するものと考え、加害車が赤旗を認めたか否か、また停止するか否かを全く確かめず、西方を見ながら後退するブルドーザーにつれて前進したところ前記のとおり道路南側から約1.5ないし二メートルの地点で加害車と衝突した。

4  被告は被害者が赤旗を掲げることなく突如後退したため本件事故が発生したと主張し、被告の司法警察員に対する供述調書(前記甲第二号証の三)中にはこれに沿う記載もあるけれども、前記各証拠によれば被告が被害者の動作、態勢を注視していなかつたことが明らかであり、頭を道路中央に向けてあおむけに倒れたような被害者の転倒の状態からいつても被害者が後退したとは考えにくく、結局被告は同人からみてみやすい位置にある被害者の左手の白旗のみ気をとられて漫然と加害車を運転していたものと推認しえ、前記甲第二号証の三中の記載は被告の推測にすぎないものというべきである。

二、以上の事実によれば被告には道路中央辺で交通の整理をしていた被害者を認めながらその動静に注意せず徐行することもなく被害者のそばを通過しようとした大きな過失があるといわなければならない(およそ自動車は兇器になるような性質も持つのであるから、これを運転する被告として歩行者に危害を加えぬよう細心の注意を払うべきであり、その過失を自動車の運転者ではない被害者の過失と同じように考える訳にいかないことは当然である。)

一方被害者も前記のとおり加害車の動静に注意を払うことなく前進した点に過失があるといわざるを得ず、本件事故における被害者の過失の割合は一割とするのが相当である。

第三、そこで前記被害者の過失が、法二〇条に基づく国の被告に対する求債権の行使に及ぼす影響について考察する。

一、まず、第三者行為災害に際し、被害者に対する第三者の賠償額が被害者の過失を斟酌して定められるべき場合、被害者が既に労災保険給付を受けているときは、当該第三者と被害者の間においては被害者の過失相殺前の損害額から右給付額を控除した差額について過失相殺がされるべきである。

例えば被害者の過失相殺前の損害額一〇〇、既に支払われた労災保険給付額六〇、被害者の過失割合三割のとき、被害者は第三者に対し残四〇の七割に当る二八の賠償を請求しうる。

その反面として国の第三者に対する求償権は、第三者が本来負担すべき七〇から右二八を控除した四二に限定される筋合であり、これは結局国の代位する額がその給付すべき金額について被害者の過失の割合で過失相殺された額まで減じられたのと同一の結果になる。

二、そもそも法に定められた労働者の給付を受ける権利は業務上の災害の発生が使用者の営利活動に基づく危険を原因とするものであることから、当該労働者の損害をその営利活動により利益をあげている使用者団体に負担させるべきであるとする考慮によるものであつて、労働者に故意又は重過失があるときは別として、単なる過失がある場合にも国は給付の全部につきその補償をするよう定められている。右の理は第三者行為災害に際し被害者に過失がある場合にも同様でその過失はその災害が業務上のものであることに基づく被害者の法定の受給権に何らの消長を来たすようなものであるはずがない。しかるところ前記結論と異り、保険給付額を控除しないで過失相殺をしたのちにその額から右給付額を控除した額を第三者の被害者に対する賠償額とすることは(この場合にはその反面として国は被害者の総損害額に過失相殺した額が保険給付の額をこえる限り全額につき求償しうることとなる。)、業務上の災害であることに基づく被害者の前記法に定められた受給権を被害者の全部過失の場合に比べ名目的なものとする不合理な結果を招来する。(前記事例で被害者の過失割合が四割である場合、後者の方法によれば被害者は単に国からも給付を受けうる利益を持つにすぎず、営利活動に基づいた危険に由来する使用者の責任が考慮されないこととなり、あたかも国が第三者の責任を仮に肩代りするような観を呈する。これは被害者に過失がなく、第三者がすべての責任を負うべき場合に、後記のような考慮により定められた法二〇条の趣旨から、結果的に国が第三者の責任をその給付の限度で肩代りするようにみえるのとは異り、不合理なものと評するほかはない。)

三、法二〇条はその一項で国が第三者行為災害において保険給付をした場合は給付価額の限度で国が被害者の第三者に対する損害賠償請求権を取得することを、その二項で第三者が同一の事由で損害賠償をした場合は国がその価額の限度で補償の義務を免れることをそれぞれ定めているけれども、これは加害者たる第三者に不当な利得を与えないことおよび被害者が損害の二重のてん補を受けないことを目的としているのであるから、以上の考慮に従えば、被害者に斟酌さるべき過失があるときは、国が先に保険給付をした場合には、第三者の賠償義務と重複して給付した配分についてのみ代位して求償しえ、また第三者が先に賠償した場合には同様にそのうち国の給付義務と重複する部分についてのみ給付義務を免れるにすぎないものと解すべきである。

なお右の第三者が先に賠償した場合それが保険給給と重複するか否かは、保険給付が原則として療養給付は損害の全部を、休業補償はその一部を、また精神的損害については給付の対象としないというように給付の種類によつて給付の方法を変えておりその機能を異にしているのであるから、その損害の各費目につき、第三者のみが負担すべき額をこえているか否かに従つて判断すべきである。

四、そうであるとすれば本件の場合国は被告に対し休業補償として支給した一一二、六六〇円の九割に当る一〇一、三九四円と、医療費五三六、二二五円の九割から計数上自賠責保険金と被告の支払分を控除した一九六、五七五円の合計額につき求償しうるが、その余の分については求償することができないことになる。

第四結論

よつて原告の被告に対する請求は金二九七、九六九円および当事者間に争いない原告が給付を了した日の翌日である昭和四四年一一月一四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。 (前川鉄郎)

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